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橋口五葉と大正時代における女性らしさの確立
「一方でモダンガール(略してモガ)はスポーティなパンプスを履き、短いドレスに断髪で、カフェや都会の通りといったモダンな場所で人目をひいた・・・モダンガールはまた文化的、性的解放への希望、あるいは脅威を持っていた。・・・他方、良妻賢母として家庭を守る保守的な女性は、中国における儒教やヨーロッパにおけるビクトリア時代の論理観とつながるものをもっていた。」

ー ケンドール・H・ブラウン「大正の花々:日本女性のイメージ その社会と芸術1915-1935」大正シック展カタログ(2001)

反抗的で性に解放されたモダンガールと、伝統的で家庭的な役割を担っていた女性。 それら二つは大正時代(1912-1926)の日本社会における 代表的な女性のタイプであった。橋口五葉(1880-1921)の4点の版画は、後者のタイプを典型的に描いたものである。それぞれのモデルは部分的にヌードではあるが、そのだらしない服装は、入浴や化粧などプライベートなことをしているからと正当化される。しかしながら、モデルは見られていることに気づいているのかいないのか、また見られる事を歓迎しているかどうかは定かではない。彼女が恥ずかしそうに見ている人を誘惑しているかも、という可能性は版画に緊張感を与える。露骨な性表現を禁止しようとした批評家達の感情をこのような方法でなだめながらも、五葉は「良妻賢母」のイメージを性的で魅力的なものとして功名に描いた。

中谷つる(1900年生まれ)をモデルにしたプライベートでのスケッチにおいて、五葉はより自由に性的表現をすることにより、上述の大正時代における女性の二通りの見識に挑戦した。中谷つるは大阪の料亭「銀杏」で仲居をしていた。このような職業ゆえ、中谷はモダンガールのファッションとは無縁な古風ないでたちをしていた。しかしそれと同時にそんな彼女と娯楽的なセックスをすることは「良妻賢母」という言葉に含まれた礼節の観念を否定することとなる。