幼少期、東京への5回の空襲を生き延び、小田まゆみ(1941年生)は彼女の人生を精神性、女性の解放、そして環境への責任に焦点を合わせようと誓った。官能的な生殖の女神が描かれた彼女の版画、絵画を通して、彼女はすべての3つのテーマを優雅に編みこんでいる。彼女は芸術活動に加え、政治活動にも情熱的に貢献している。1992年、フランスがラテンアメリカを経由して、違法にプルトニウムを日本へ輸送したことに対し、小田は「プルトニウムのない未来」を設立し、核エネルギーの危険さについて訴え始めた。福島県にある原子力発電所を襲った2011年に起きた東日本大震災と津波の1年後、小田はホノルル美術館で「A Prayer for the New Birth of Japan」シリーズの展示を行った。彼女は現在、ハワイのケアラケクアにあるジンジャーヒルファームに住み、瞑想、ヨガ、そして有機農業を追及している。