超自然現象を描いた春画:悪魔払い
English Version

「恥じらいを重視する文化では、それぞれの人が社会において、その人の場所と義務を持っている。何が悪いかではなく何が良いかを選ぶだけでなく、何を期待されているかを選ぶことにより、その人の自尊心は保たれる。」

—ポール G. ヒーバート著 『宣教師のための人類学的見識』1985年

19世紀になって春画が刺激的な斬新さを失い始めた時、絵師達は性描写をより露骨に描き、秩序をかき乱す事で大衆の春画人気の復活を試みた。今回の展覧会で議論されているように(詳しくは「性に関する境界線:個人の空間、プライバシー、そして性的虐待についての概念」の章をご参照下さい)19世紀の春画は、絵師達が笑いながら性的虐待などを描いているところに心配な一面がある。それを正義と意図するのが良いわけではないが、性別の平等や人間の権利を大事にしている現代の人々が、当時の作品のユーモアーを理解するためには、江戸時代の価値観にスポットを当てるべきだ。

太平洋戦争終了以降の数十年に亘る日米の協調外交は、両国間に文化的相互理解をもたらしたが、19世紀では、日米それぞれの文化において、道徳心の定義は明らかに違っていた。アメリカの様な「罪の文化」では、個人は罪深いものとして振る舞うべきであり、また他人の美徳は、その人の基準で判断するようにと教えられた。この価値観が、性に対して根本的に否定的である姿勢と合わさると、パートーナーを欲望と尊敬の念を同時に持って見る事ができなくなるマドンナ・ホーア・コンプレックスという病に人を陥らせた。

文化人類学者のルース・ベネディクト(1887年-1948年)が彼女の革新的な著書「菊と刀」(1946年)の中で述べた様に、人類学者のポール・ゴードン・ヒーバート(1932年-2007年)も日本社会で個々を尊重することの重要性と、その価値観が正義と道徳心の概念にどんな影響を与えたかについて論じた。「恥の文化」においては、悪いことをしても、その人の社会的立場が変わらなければ、たとえ好ましくない言動でも大目に見られた。言い換えれば、反感をかわなければ、それは全く罪とは考えないものなのかもしれない。言うまでもなく、そのような道徳心への考えは容易に乱用された。